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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)5559号 判決

原告 東都信用組合

右代表者代表理事 泰道三八

右訴訟代理人弁護士 古城磐

第四八九〇号被告 山中花子

〈ほか三名〉

第五五五九号被告 笹田愛

同被告 笹田昭彦

右六名訴訟代理人弁護士 大塚喜一

同 渡辺眞次

主文

一  原告に対し、被告山中花子は金五二六万〇二五〇円六六銭、同山中正子、同山中和子は各自四一七万三五〇〇円四四銭、同山中正登は金三八九万三五〇〇円四四銭、及び右各金員に対する昭和四八年六月二九日から各完済まで年五分の割合による金員を、同笹田愛、同笹田昭彦は各自金三五〇万円及び右各金員に対する昭和四八年八月一日から、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その五を原告の、その余を被告らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し、被告山中花子は金一、〇七二万円、同山中正子、同山中和子は各自金七八二万円、同山中正登は金七五四万円及び右各金員に対する昭和四八年六月二九日から各完済まで年五分の割合による金員を、被告笹田愛、同笹田昭彦は、各自金三、三九〇万円及び右各金員に対する同年八月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告らの請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

別紙記載のとおり

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因一の事実同二のうち山中正年が原告組合に採用され、本店出納課長に任命され、その後原告の新宿支店長をしていたことは当事者間に争いがなく、同二のその余の事実および同三の事実は被告らが明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

二  右事実と《証拠省略》を総合すれば、

1  山中正年は、昭和四五年五月一日、千葉銀行における実績をかわれ、事実上の幹部要員として原告組合に採用され、同時に、本店にあって機械的出納計算等を主な業務とする営業部出納課長に任命され、同四六年六月一日、それまでの原告組合における成績が評価されて、新宿支店長に任命されたこと、同支店長は、原告組合における新宿方面の業務全般を統轄する新宿支店にあって、事実上支配人的な性格を有するものであって、配下に、当時、支店長代理、貸付係一名、女子事務員二名、外務担当職員四名を擁していたこと、そして信用組合業界においては、新宿支店は不正が行なわれ易く、その支店長の職責は重要かつ困難なものとされていたこと。

2  原告組合では、山中正年が新宿支店長に就任していた当時、業務方法書には当座貸越業務が記載されていたが、原告組合の業務方針として当座貸越契約を行なわず、過振り(当座貸越契約を締結しないで一時的に当座預金額を越えた金員の払出を行なって貸し越すこと)及び握り(交換所を通じて呈示された手形、小切手について、預金不足にもかかわらず、翌日の店頭返還時までに返還手続をしないで、伝票操作によってこれをとめおくこと)は禁止されていたこと、同四六年二月二二日から原告組合と当座預金契約のあった秀和電気工業の同四七年一月一九日現在の当座預金残高は一九万四一四〇円であったこと、山中は支店長としてこれらの事実を知り乍ら、右秀和の代表取締役訴外斉藤勝雄に依頼され、合理的な根拠もないのに、後日支払われるものと期待し、同四七年一月二〇日から二〇日にかけて原告主張の手形、小切手の呈示を受けて、これを握り、原告組合をして、右手形、小切手金合計二一八六万七一三〇円の立替払をさせ、その取立不能により、右当座預金との差額二一六七万二九九〇円の損害を原告に与えたこと、

3  原告組合においては、昭和四五年当時延滞貸金が増加したため、同四六年九月以降、二〇〇〇万円を越える金員の貸付は、支店長の専決事項でなく、本店常任理事会の決定事項とされていたこと、山中は、秀和から五〇〇〇万円の融資の依頼を受け、同年一二月二三日、右秀和に対する五〇〇〇万円の融資について、根抵当権設定兼貸出禀議書と題する書面に、秀和の資本金五〇万円、月商三〇〇〇万円、保証人前記斉藤勝雄、預貯金現況欄に、出資金一〇〇口、一〇万円、訴外林彰男、坂本信正の各三か月の定期預金一〇〇〇万円、秀和の定期積金一口現在高二八万八二〇〇円、同一口現在高六〇万円、原告主張の西小岩の土地建物に元本極度額三〇〇〇万円の根抵当権設定、融資目的、担保物件の購入資金、設備資金、運転資金、貸付金現況欄に商業手形一〇〇万四六〇〇円、返済方法同四七年一、二、四、六月各一〇〇〇万円、三、五月各五〇〇万円の割賦弁済、貸付一二月四〇〇〇万円、一月一〇〇〇万円、店扱(山中)と記載し、新宿支店貸付係及び支店長代理の押捺をえたうえ、これを常任理事会に提出し、同理事会は、翌二四日、秀和の信用その他について格別問題にすることなく、かつ預貯金現況欄記載のものはそれまでの慣例に従って当然貸付の担保となるものと考え、右禀議書のみを信用し、関連書類を徴することもなく、西小岩の物件の担保価値を三〇〇〇万円、これに二〇〇〇万円の定期預金と合わせて担保価値は充分であるとみて、山中の申出通りの融資を決定し、これにより、山中は、同日、秀和に、満期四七年二月二五日、手形保証人斉藤勝雄なる約束手形を振り出させて、四〇〇〇万円を貸し付けたが、残一〇〇〇万円は、前記握りの発覚によって貸付するに至らなかったこと、右斉藤は、前記林と坂本が原告組合新宿支店で定期預金をする際同道し、これらの者と親戚でないのに、山中に対し、親戚の者で融資の担保に右定期預金を差し入れるよう頼んであると申し向け、右林や坂本もこれを了承しているような素振りを示したので、山中は、これらの者が当然担保に差し入れるものと考え、これらの者から担保差入証をとらないうちに、前記秀和に対する四〇〇〇万円の貸付を行なったが、これらの者は右定期預金の担保差入れに応じなかったこと、他方、秀和は、西小岩の土地、建物を、訴外三建設株式会社から代金三六〇〇万円で買い受け、うち二四三〇万円を支払った(そのうち四〇〇万円は、前記握りの一部である手形によって原告が立替払い)が、残一一七〇万円の未払代金があったので、右訴外会社はこれを消費貸借の目的とし、これを被担保債権として秀和所有の茨城県の宅地、山林、家屋、右斉藤勝雄所有の御殿場市の原野に対する抵当権及び訴外大共商事株式会社所有の東伊豆の山林の譲渡担保権を設定したが、原告は、同四七年三月七日、同訴外会社に対し、右債権相当額を支払って、右債権及び担保権を譲り受けたこと、そして本件四〇〇〇万円の貸金については秀和から約定の返済がなく、前記西小岩の物件に対する競売手続において、自ら代金二六一〇万円で競落し、これを右四〇〇〇万円の内金に当てたこと、

4  原告組合では、預金の割当制を実施し、給料の外歩合制によって預金の増額を奨励していたが、山中は、新宿支店の預金実績を上げるため、秀和(当初は本店営業部長の客であったが場所的関係で新宿支店担当となる。)の信用について充分な調査をすることなく、前記斉藤勝雄の言を信じ、秀和の倒産によって原告に迷惑を及ぼしたくないと考えて融資、握りと深入りしたが、山中自身は秀和から一銭の利得も得ていないこと、また、山中の前記握りは、月間中伝票操作によって行なわれたもので、本店において伝票照査によって直ちに発見することはできなかったけれども、新宿支店貸付係ないし支店長代理は、山中の握りを当初から知っており、山中に対し秀和に当座振込みをさせるよう促したことはあるが、原告本店に報告することをためらい、二五日夜、思い余って原告本店営業部長に報告し、その結果、同日握った手形については翌二六日不渡手続をとることができ、その支払を免れることができたこと、そして、山中が握った前記手形、小切手についても、新宿支店の右職員らが直ちに山中の握りを本店に報告していたならば、右損害の発生を未然に防止することができたこと、また、前記握りは、前記営業部長から他の常任理事に報告されたが、常任理事は、重大な関心を示さず、山中の事後処理を待つのみで、直ちに秀和に対する特段の処置をとらなかったこと、

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  山中の前記握りにより、原告が立替払した金額と当座預金との差額金二一六七万二九九〇円の損害を被ったことは前記認定のとおりであるが、山中が前記二〇〇〇万円の定期預金を担保にとらなかったことによる原告の損害を幾らとみるべきかはやや困難な問題である。

原告組合の常任理事会が、禀議書の預貯金現況欄記載の権利及び西小岩の物件を担保とし、しかも西小岩の物件の担保価値を三〇〇〇万円とみて秀和に対する五〇〇〇万円の融資を決定したことは前記のとおりであるが、その西小岩の物件が二六一〇万円にしか競売できなかったことは、抵当物件の担保価値の評価を誤ったものといわねばならない。そうだとすれば、原告が当初の担保価値評価額と右競売代金との差額三九〇万円の取立不能による損害を被ったとしても、それは、原告組合の常任理事会が西小岩の物件の担保価値の評価を誤った過失によるものとして、これを本件損害額から控除するのが相当である。また、本件融資決定当時、秀和の定期積金合計八八万八二〇〇円の担保があったことは前記のとおりであるので、特段の事情のないかぎり、右定期積金は本件貸金の支払に当てられるべきものと考えるのが相当であり、右そう解するのが不相当な特段の事情は認められないので、本件貸金相当損害金から右定期積金を控除することとする。しかしながら、秀和及びその保証人たる訴外斉藤勝雄個人の財産については、前記認定の茨城県及び御殿場市所在の不動産以外これを認めるに足りる証拠はなく、右各不動産は訴外三建設株式会社に対する未払代金を消費貸借の目的とする貸金債権の担保に差し入れられ、その後原告がその債権及び担保を取得したが、その担保物件の余剰を認めるべき証拠はないので、これら物件を本件貸金債権の取立不能による損害の引当にする余地はない。

以上の次第で、本件定期預金を担保にとらなかったことによる損害は、四〇〇〇万円から以上合計三〇八八万八二〇〇円を差し引いた九一一万一八〇〇円とみるのが相当である。

四  前記のとおり、山中の握りは、月間の伝票操作によるもので、本店で直ちに発見することは困難であったが、山中配下の貸付係員らは当初からこれを知っており、これらの者が山中の握りを直ちに本店に報告すれば、すべて不渡処分手続をとることができ、ひいては損害の発生を未然に防止することができたのであり、前記諸事情から判断すれば、山中の配下の者が直接本店理事に報告することが当時の状況から困難であったとしても、原告組合において、平素からそのような管理体制をとっていたならば、山中配下の支店職員が本店に握りを報告することもそれ程困難ではなかったものと推認できるので、このような不撤底な管理体制のまま放置した原告側には、本件握りの発生について監督上の過失があったものといわねばならない。

また、前記禀議書の記載によれば、秀和の月商三〇〇〇万円、融資の目的が西小岩の物件の購入資金ということであるから、同書記載のような短期間の返済が果して可能であったかどうかは、禀議書の記載自体からも甚だ疑問である。しかも、高額融資が支店長権限でなく、本店常任理事会の専決事項とされた前記経緯から判断すれば、常任理事会は、本件融資の決裁をするに当り、融資先の信用状況、担保手続履践の有無等不良貸付の防止について厳格な調査を行うべきものと考えられるのに、原告組合常任理事会は、このような必要な調査を何ら行うことなく、山中支店長の申出をそのままうのみにして、申出どおりの決裁をしたのであるから、同理事会は、その補助機関たる支店長以上の重大な過失があったものといわねばならない。

被告らは、原告組合で預金の割当制を実施したことが山中の本件行為の原因であるとしてこれを原告側の過失として主張し、原告組合において預金の割当制をとり、その増強を勧奨したことは前記認定のとおりであるが、本件全証拠によるも、これらが山中の行為の相当な原因であったと認めるに足りる証拠はない。

被告らは、原告組合の理事長であった訴外泰道照山の発言が山中の死を招いたとして、山中の本件行為について原告側の過失として主張するが、右は山中の本件行為後の事情であるから、その発言の内容如何にかかわらず、本件行為に関する原告側の過失とはいえないものである。

以上認定の原告側の過失をしんしゃくすれば、山中が前記行為によって原告に賠償すべき金額は、握りについて一七三三万八三九二円、定期預金を担保にとらなかったことについて一八二万二三六〇円とするのが相当である。

五  《証拠省略》によれば、原告がその主張の日、その主張の約定で、七〇万円を貸し付けたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、これを前記山中が原告に賠償すべき金額と合算すると、山中が原告に対して支払うべき金額は合計一九八六万〇七五二円となる。

山中が昭和四七年二月二〇日死亡し、被告山中らが原告主張の割合で相続したことは当事者間に争いがないので、山中の右債務のうち、妻である被告山中花子が三分の一の六六二万〇二五〇・六六円(銭以下切捨て)、その余の被告山中らが各自九分の二の四四一万三五〇〇・四四円(銭以下切捨て)の債務をそれぞれ相続により承継したこととなる。

六  《証拠省略》によれば、請求原因九記載の者の同記載の金額の預金債権があることが認められ(る。)《証拠判断省略》

そこで、右山中正年の預金債権合計一〇八万九五四〇円を同人の死亡により被告山中らが前記割合で相続したので、被告山中花子は三六万三一八〇円、その余の被告山中らは各二四万二一二〇円の債権をそれぞれ承継取得したこととなる。そして、これを被告山中花子個人の預金債権と合算すれば同被告の原告に対する預金債権は一三六万三一八〇円となり、被告山中正登の預金債権と合算すれば同被告の原告に対する預金債権は五二万二一三〇円となり、その余の被告山中らの預金債権は前記各二四万二一二〇円である。

そして、《証拠省略》によれば、原告主張の金額について、その主張の内容の相殺の意思表示を記載した書面が、昭和四八年四月五日日本橋郵便局に差し出されたことが認められ、弁論の全趣旨によればそのころ右書面が被告山中らに送達されたことが推認でき(る。)《証拠判断省略》

したがって、被告山中花子の相続債務六六二万〇二五〇・六六円のうち一三六万円は前記相殺により消滅したので、その残額は五二六万〇二五〇・六六円となり、被告山中正登の相続債務四四一万三五〇〇・四四円のうち五二万円は同様前記相殺によって消滅したので、その残額は三八九万三五〇〇・四四円となり、その余の被告山中らの相続債務各四四一万三五〇〇・四四円のうち二四万円は同様相殺によって消滅したので、その残額は各四一七万三五〇〇・四四円となる。

七  以上の次第で、原告の被告山中らに対する本訴各請求のうち、右認定の各金員及びこれらに対するその弁済期後である昭和四八年六月二九日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余は理由がないのでこれを失当として棄却することとする。

八  被告笹田らが、原告主張の日、その主張の身元保証契約を締結したこと、原告が同被告らに対し山中の新宿支店長に就任した事実を通知しなかったことはいずれも当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すれば、被告笹田愛は、明治四二年一月一九日生れで、大正六年五月二五日生れの山中正年の実姉であり、現在アパート一棟を所有して貸アパートを経営していること、被告昭彦は、昭和五年一二月二二日生れで、右愛の子、山中のおいであり、身障者でアパート一棟を所有経営していること、同被告らは、弟又は叔父に当る山中の原告組合への転職に際し、愛の夫、昭彦の父である亡笹田登と原告のもと代表者理事長訴外泰道照山とが旧知の間柄であったことから、本件身元保証契約をなすに至ったことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。もっとも、原告は、保証人調書記載の資産(二億八千万円)等総合判断した結果被告らを身元保証人として受け入れた旨主張し、前記甲第三九、四〇号証(山中の作成書面で同被告ら作成の書面ではない)はそのような資産の記載があるが、本件全証拠によるもその資産額を裏付ける証拠はなく、前記認定事実と対比して、右記載をにわかに信用することはできない。そして、右認定事実と前記山中の経歴とを合わせ考えれば、被告笹田らは、山中の親族としての情宜から、山中に乞われるまま本件身元保証契約を締結したものであり、同被告らが山中の私生活や勤務全般について指導監督することなど期待しうる事情になかったことが認められる。

そこで、同被告らの身元保証人の本件損害賠償責任を定めるに当り、これらの事情および前記認定の諸般の事情を考慮して、山中の債務残額のうち、金三五〇万円を各自被告山中らと連帯して支払うべきものとするのが相当である。

以上の次第で、原告の被告笹田らに対する各請求のうち、右金員及びこれに対する弁済期後である昭和四八年八月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余は理由がないのでこれを失当として棄却することとする。

九  よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言の申立は相当でないのでこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若林昌俊)

〈以下省略〉

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